月夜見 
残夏のころ」その後 編

    “戦闘開始?”


青いお空に陽も明るくて、
時々吹く風は頬にくすぐったい程度という、
上々のお日和でGWは始まって。
店舗スペースは1階オンリの2階建て。
肉や魚までは無理ながら、
冷凍食品やコンビニレベルのちょっとした食品も
一応はと揃えた店舗面積は結構広く。
殊に、青果の菜もの葉ものスペースは、
駐車場に直結の半オープン状態というお茶目さ加減が、
開放感があっていいと評判の。
新鮮でお手頃価格なお野菜を毎日お届けが…売りの、
直販スーパー“レッドクリフ”のご近所に。
ちょいと小じゃれた郊外型大型店舗、
輸入家具と雑貨のお店がいよいよオープンと相成って。

 『何でも
  アウトレットモールほどの値引き品やお値打ち品が
  色なジャンルでいっぱいなんだって。』

 『かわいい雑貨もたくさん揃ってるってよ?』

 『しかもオープン記念のサービス品もあるって。』

 『あ、じゃあアタシ、行ってみよっかな♪』
 『あたしもvv』
 『大町まで出るのは何時だって出来ることだしねvv』

これまでの一番至近で手頃な遊び場である繁華街より、
バスで行けて近いということもあったか。
クラスでも、主に女子の人らがさんざん話題にしており。
ありゃこれは、思っていたより人気だぞ、
結構混むんじゃなかろうかと、
あんまりそういう世論には耳を傾けないルフィでさえ、
おややぁ?と危惧したのが見事に大当たりして、

 「店長、ウチの駐車場も空けますか?」
 「そうさな。
  あちらさんから一応の打診もあったし、
  そもそもウチは無料開放してっから。」

ウチでのお買い物レシートがないと有料なんてケチなことは言わねぇぜと、
普段からもほぼ開放状態の駐車場。
その前を通って着く先の、新店の駐車場がそろそろパンクしそうだと、
斥候…は大仰なれど、
車の渋滞ぶりがあまりに凄まじいので様子見に出ていた、
根もの部門の主任、ロックスター氏が、
携帯でそんな報告をして来たものだから。
連絡を受けた副店長が、一応はと店長に確認を取りに来たのが、

 「俺がここにいるってよく判ったな。」
 「まあ、慣れてますんで。」

店長室でも集計室でも、搬入口でもない。
正面入り口の傍、
駐車場へと道なりに続く広場のようなエントランス前。
こちらも結構早めの開店時間を設定しているその上、
今日は特別なブースも設置されており。

 「生地は此処でいいの?」
 「うん。
  そこの肉まん用の保温機、保冷機に切り替えてあるから、
  冷蔵庫代わりに出来るんだって。」

銀嶺庵から店の食堂の冷蔵庫へ、
一旦預け置いてたドーナツ生地を受け入れる係やら、

 「フライヤー担当はゾロさんと誰だっけ?」
 「亜美ちゃんとしおりちゃんが、お昼は交代するって。」

ほら、これはハニー風味のに掛けるグレーズシロップだよと。
ステンレスの容器を手渡されたルフィが
意味も判らぬまま、了解と調理台へ据え置けば、

 「ルフィくん、グラニュー糖もこっちのバットへ開けとこう。」
 「おう。」

何ともてきぱきした指示が飛び交っており。
当初の予定、ルフィくんとゾロ青年以外にも、
やたら手際のいい援軍が数人ほど、
お揃いのエプロン姿でブースの周辺をばたばたと駆け回っておいで。

 「あ・でも、混み始めたらどうすんの?」
 「フライヤー1個じゃ間に合わないほどになったら、
  サカイさんが食堂で揚げてやるから任せなってよ?」

お総菜調理担当のおばちゃんなら安心だ、
良かったねぇとにっこり笑顔を向けられて、

 「やりぃvv」

素直にVサインつきの笑顔を返しているのがルフィなら、

 “う〜ん…。”

何でこうなったかねぇと、
いまだ現状が把握出来てないらしい、
フライヤー担当の青年剣豪さんとだったりし。


  ホントだねぇ、何だか雲行きが…う〜ん?




      ◇◇


そもそもの発端はといえば、
ご近所でGWに華々しく開店を迎えるという、
新店の情報を得てのこと、
こちらへも流れて来ようお客へのサービスというか呼び水というかへ、
ドーナツの実演販売ブースを設置しようぜと店長さんが思いつき。
菜もの売り場のアイドルさんにして、張り切りボーイのルフィ先輩とそれから、
意外に器用だったことを見抜かれての、
搬入班の剣道青年とが全権任された筈…なのだが。

 『え? 何なに、ドーナツのブース出すんだ。』
 『ええ? たった二人でやるの? 大丈夫?』
 『アタシら、GWも来る予定だからサ。
  そっちもバリバリ、手伝っちゃうよ?』

やはり高校生のアルバイトさん、
しかも、カットフルーツの試食係とか、
レジ打ち3年目のベテラン(?)さんとか、
やたら頼もしい顔触れが、
特別販売ブースの話をどこからか聞き付けたらしくって。
手伝う手伝うと積極的に押して来たのが、
最終練習を手掛けていた昨日の話。
実は品数が増えていて、

 『おおそうか、ルフィも手伝うことになったか。』

銀嶺庵のご隠居のレイリー老師、
こたびの運びがやや変更となった旨を、
助っ人ルフィご本人から聞いた途端、妙にご機嫌になってしまわれ。

 『では、こういうのも作ってみたまえ。』

片面だけ焦げ目を濃くする鈴カステラ風やら、
あんドーナツやらまで提案されてしまい、

 『何で? そういうのって難しいんじゃないんか?』
 『いやいや、コツさえ掴めば容易いもんさ♪』

何せ、ルフィは食いしん坊だからの…と、
売り物をつまみ食いしそうだと懸念されてのことだったらしく。
ところが、そんな追加があったとなると、
そのままぶっつけ本番とも行かず、
予行演習をと構えたところが、
帰りかかってた彼女らの目に止まってしまってのこの運び。

 “む〜ん。”

そもそもはといや、
搬入係という本来のバイト契約を越える作業を依頼された訳で。
出来なかないけど面倒だなぁと、
やや閉口してもいたはずの剣道青年だったのに。
俺もやるぞと小っさい先輩が申し出てくれた、
思いがけないサプライズがやって来た途端、

 正直言って
 顔が、口元が、ゆるみそうになるの、
 はっきりと自覚したゾロくんだったりし。

うあ、災難なんて言ってる場合じゃねぇぞと、
嬉しいってお顔をどうやって隠そうかなんて方向へ
辛抱の方向が大きくシフトチェンジしたほどに。
急なお務めへようやっと腹をくくったというのにね。

 「……。」

またぞろ勝手にあれこれいじられてのこの運びというのが、
周囲から翻弄されまくっているようで、そこも不愉快。
面倒ごとを手伝ってくれるお人が現れたのはいいけれど、
気がつけば…舵取り自体まで彼女らが握っているような空気となっており。
完全に任されてたはずなのにな、
アテにされてないってことかよと、そこのところが何とも面白くない。

 “そこを勝手と言うんなら、こっちも勝手かもだがな。”

面倒だよなと、不貞々々しい顔でいたくせにネ。
ルフィが手伝ってくれるとなった途端、
甲斐のあることと受け止め直して、浮かれてたのだって立派に勝手かも。

 「う〜ん。」

そんなこんなと、色々考えあぐねていたせいか。
お客への応対は女性陣とルフィとが請け負ってくれたんで、
既にお客が入っていての、注文も受けてることにも気づかぬまんま、
手筈どおりの満遍なく、
4種ほどに増えてしまった商品をコンスタントに揚げてゆく。
スタンダードなプレーンシュガーと、
チョコを3分の1ほどの斜めにかけたの、
コーティングシュガーを表面へ掛けるグレーズタイプ、
そして、片面だけ長く揚げて半分ずつ色目の濃さを変えた、
鈴カステラ風グラニュー糖まぶしというラインナップ。

 『あんドーナツは初心者には難しいですよ、師匠。』
 『そうかの? こやつは妙なところで器用なのだが。』

メニューの詰めにはシャンクス店長も同座しており、
生揚げのや爆発ものやらが出ちゃあ洒落になりませんと、
そこだけは引いていただいたものの、
やはりやはり忙しさは増しており。

 「いらっしゃいませ、美味しいですよ?」
 「チョコとハニーグレイズですね?」

愛想のいい女性陣の手際のみならず、
甘い香りが直接の購買効果を醸していたし、

 『何だドーナツかぁって気乗りしない顔してたのが、
  揚げてるトコ見てから、そのまま近づいて来た格好の
  若いお母さんとかお姉さんが多かったんだよな。』

ゲンキンなもんだよなぁと、
苦笑が絶えなかったのが副店長や大人の皆様ならば、

 「休憩だよん♪」

気がつきゃ正午を回っていて。
一時たりとも気を逸らさなんだ調理担当のお兄さんへ、
ご飯食べに行こうぜと、無邪気な先輩さんが声を掛ける。
大人の皆様が見越したその通り、
家具店から流れた客が大挙してこちらへもやって来たらしく。
ドーナツも奇を衒わぬところが万人受けしてか、
仕上がったのを並べていたバットが、
すぐにも空になりかかってたほどの忙しさだったようで。

 「なんか大変そうだったよな、ゾロは。」
 「いや…えと、う〜ん。」

1階奥のロッカールームと別に、
2階には従業員用の食堂や休憩室もあって。
蛍光灯より、昼の間は外からの陽差しの方が明るい、
あっけらかんとした広いお部屋で、
山ほどの菓子パンを提げて来たルフィと、
大きめの弁当箱をロッカーから持って来たゾロとが、
窓寄りの長テーブルに並んでついて食べ始めたのが13時ごろのこと。
窓からは、件の家具屋さんも望めて、
ちょっとした市民体育館ほどはあろうかという店舗は、
その周縁にも人がたいそうあふれ返っており。
遊園地とかアミューズメントプラザ扱いだな、ありゃと、
焼きリンゴ入りのデニッシュに食いつきながら、
ルフィが感心したように言っての、次いで飛び出したのが先の一言で。

 「あんなに助っ人が来たのは、ちょっち意外だったよな。」

ゾロと練習してた間は、文化祭みたいなノリだったのが楽しかったけど、
お店の売り物ともなりゃあ、ちゃんとしたもの並べたいしと思ったんだろう、
シャンクスの気持ちも判らんでなしと。

  しょうがねぇよななんて、笑っておいでで。

ままごとみたいな心掛けじゃいけないのは、ゾロの側とて承知していたが、
それでもこちとら、少々腹の底が落ち着けなかったのによ。
ルフィとしては、しょうがないって割り切れてたんかなぁなんて。
それもまたちょこっと飲み込み切れない想いがしかかったものの、

 「忙しくなったのは、店には良かったことだろけど。
  俺としちゃ暇を持て余したかったなぁ。」

 「……………? ///////」

あぐりと頬張った白飯を、
まだおかずは何も足してないのさえ忘れ切ってのむさむさと。
味もないまま それだけをただただ咀嚼してしまったのは。
言われたお言葉に、あれれぇと、
もしかして甘い意味合いがなくはないですか?と感じ取ってしまったから。

 「だってよ。ゾロってば、ずっと油ばっか見下ろしてるしよ。///////」

甘いもんは苦手だって確か言ってたのに、
さては気分が悪くなってんじゃないかとか。
気ィ遣ってもこっち向かねぇんだもん、伝わらねったらサと。
後半は何にか怒ったような言いようをしつつも、
ぱぁくぱくとの景気よく、今度はホットドッグにぱくつく健啖家っぷりで。
いやいや、そこじゃあなくって。

 「きっと午後も忙しいと思うけどサ、
  何だったらサカイさんとか、
  夕方だったらキヌガサさんが任されてくれっから。」

油で酔いそうになったらあのな?
ちゃんと言って、助けてもらえよと。
上目遣いになっての“いいな?”と、
メッと言わんばかりのお顔で言いつのられて。
お兄さんぶってるつもりだろうが、
いかんせん、上目遣いなのが甘えてるようにも見える、
相変わらずの天然っぷりが困ったもんだの先輩さんなのへ、

 「…そうっすね。疲れたら甘えます。」

そも、それほど片意地張ってもないのだけれど。
甘えると何故だか、
にひゃと嬉しそうに笑うところが可愛らしい彼なのに気がついて。
だからってのはズルイかな、
でもまあ、このくらいの役得はあってもいいよなと、
珍しくも自分に言い訳してのこと、
楽なほう、楽しいほうを選んでしまった剣豪青年だったとか。


 まだまだGWは始まったばかり。
 そうなんだよな、初日からあの数を捌くのは大変だったぜと、
 向こうのお店うちのカフェで頑張ってらした、
 ルフィの従兄のお兄さんが、
 同志としての気苦労をこぼしに来るのは明日のお話。
 初夏らしい いいお日和の中、
 ツバメが さあっと軒先を翔ってった昼下がりです。




   〜どさくさ・どっとはらい〜  2013.04.28.


  *いよいよのGWですね。
   我が家ではめっきりと他人事ですが。(とほほん)
   この際だと、洗濯物をどうたくさん干せるかに挑戦しております。
   竿も増やしたし、
   それを掛けるところも増やしたぞ〜〜。(む、むなしい。)

  *見苦しい私信はともかく。(まったくだ)
   即席のドーナツ屋さんは、忙しくも大繁盛な様子です。
   評判をきいて、銀嶺庵でも店頭に並べたりしてな。
   ますますと和菓子のお店らしからぬ様相になりそうですが…。


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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